明治維新と東京遷都

2011.09.30

明治時代に本格的な都市計画がスタートしました。明治元年(1868)に江戸が東京と改められ、明治天皇は2度目の行幸以来東京に移り住み、太政官も移転され、東京が首都と見なされるようになりました。1878年に、現在の東京23区の原型となる「区」が設置されました。現在の千代田・中央・港・文京・台東の各区と、新宿・墨田・江東の各区の一部を加えた地域に15区が置かれました。当時は区外の地域は品川、内藤新宿、板橋、千住という、かつての四宿とよばれた宿場町を除き、まだ純然たる農村地帯」だったのです。15区の範囲は、面積にして現在の23区のおよそ8分の1でした。当時の人口は100万人強でしたので、今日の23区と比較するとほぼ同じ程度の人口密度となります。しかしながら江戸時代に行なわれた「町割り」のために、江戸は武家地が約半分、寺社が4分の1を占め、残りの4分の1程度の町人地に人口の大多数か住んでいました。今よりはるかに家屋が密集していたのです。当時の東京は、江戸時代の街並みをそのまま引き継いで、狭い道路に上下水道も普及していない状態でした。大火や疫病にしばしば見舞われたこのような街並みに、急激な人口流入に伴うスラム街の発生が重なり、公衆衛生上、防災上も、極めて危険な状態にありました。近代日本の都市計画は、このような状態の「東京」からはじまったのです。

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